古き良き時代へタイムスリップして思いを綴ります。

昭和ノスタルジー

昭和のくらし・もの

白黒テレビを見て育ったあの頃

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国内初の白黒テレビ
1953年にはシャープより待望の国産第1号白黒テレビ「TV3-14T」が発売される。
大卒初任給が約8千円の時代に国産白黒14インチTVは約18万円という途方もなく高額商品、ていうか普通は買えないでしょうという値段だ。

我家にテレビが入ったのは、まだ市営住宅に住んでいた頃だから小学校2年の時だったと記憶している。丁度、写真のような脚付きの小さなブラウン管の白黒テレビだった。
真空管式なのでスイッチを入れてもしばらくは映像も音声も出ず、しばらくして音声が聞こえ、さらにしばらくして映像が写ったものだった。
途中で画面の前に変なアクリル製のカバー?が設置されたが、いつの間にか撤去されていた。

回転式のチャンネルは、たまにガチャガチャ回すと簡単に取れた・・。
焦って押入れの玩具箱の中に放り込み、知らんぷりしていたら父が仕事から帰ってきて
「ん?」とか言いながら探していた場面は妙に鮮明に覚えている。

そうそう、最初は室内アンテナで感度調整が難しくてアンテナを必死にいじるとよく母に怒られた。
これもある日突然、テレビの上に黒い箱が鎮座していた。UHFコンバーターというものらしい。
その日から今まで見れなかった番組が見れるようになって嬉しかった。
たまに映りが悪くてテレビの天板を叩いたり、今なら信じられない事を真剣にやっていたというのどかな時代だった。

そんな高価なテレビも普及しだすと数年で普通に廃棄されるようになった。
廃棄品をバラバラに分解して、スピーカーからマグネットを取って遊んだっけな。
真空管やブラウン管を割って粉々にしたりもした。怒られたけど

白黒テレビ当然色はなし、最初は何を見てもグレーな世界で不思議だったが飽きも早かった。
これが後にカラーで見れるようになった時の驚きは言葉では上手く表現出来ない。
直ぐになんだ色、あったんじゃんと思ったけどね。

遠隔操作できるリモコンが出た時はびっくりした。
なんせ玩具だってハンドルリモコンにはコードが付いていたのが普通だったのだから。
友人の家にはサンヨーの懐中電灯みたいなリモコン付カラーテレビがあり、とても羨ましかった。
離れたソファ―からリモコンでチャンネルを変えているのを見て、なんで替わるのが不思議だった。

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1971年に国内で初めて発売された超音波リモコン付のカラーテレビ“サンヨーズバコン”
子供が欲しがりそうな形状のリモコンで人気があったが誤作動が多かったらしい。

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